エルメスでは、「職人の伝統技術」を基調にした製品ラインナップの拡張も行われ、職人同士の異文化交流も図られている。すでに先代ロベールの在任中に紳士靴のジョン・ロブのパリ支部がエルメス傘下に入ったが、デュマの時代にはクリスタルのサンールイや銀器のピュイフォルカ、また近年ではカメラのライカも加わっている。1980年代末にはエルメスで紳士用品がすべて揃うようにと、帽子のモッチ、紳士シャツのベルナール・ガイエといった伝統技術を誇るパリの職人工房が傘下に入り、その名を残したままエルメスの店舗で販売されている。エルメスでははやくから衣料品一般も手がけているが、近年はイタリア製のワンピースやスコットランド製のマフラーなど、「技術」や「品質」を第一に、フランス以外の国で作られた製品も目立つ。ベルリンの壁の崩壊後には、世界各地に残されている職人技術を「発見」し「保護」するというプロジェクトが本格的に開始され、その対象は辺境地域にまで広げられていった。デザイナー集団が日本を再訪した1993年には、職人技術を保護するための最初の「遠征」の対象として砂漠の民トゥアレグ族の銀細工が選ばれ、スタッフが派遣された。「砂漠を800キロほど行ってきてくれないか」とデュマに依頼された担当者は、数度の往復を経て「砂漠のデザイナー」にネックレスをはじめとしたアクセサリーの制作を依頼することに成功する。まもなくマリの金細工、エクアドルのパナマ編み、そしてブラジルの植物皮革「アマゾニア」(ゴム製樹脂)といった、知られざる伝統技術や素材が続いた。エクアドルではすでに平らなパナマ地を編む技術を持つ者がおらず、「老インディオをやっと見つけ出して、山から下りてきてもらい」村人に技術を伝授してもらって、ようやくパナマ編みの鞄の制作が可能になったという。納期という概念からして教えなければならない場合もあった。「エルメスが頼まなければ、これは消え去る技術だったわけです」。参加者のひとりは、雑誌のインタビューにこう答えている(「BRUTUS」1999年5月15日号)。